ノンケがゲイバーに行ってみた。
「右から2番目のあのメガネくんがタイプ!」
友人に連れられて初めて訪れたゲイバーで、お客の一人に言われたセリフである。
仙台から大阪へ引っ越す準備が終わったころ、ゲイの友人が「最後の思い出に」と、私を含めノンケ(異性愛者)3人を連れて行ってくれた。
女装したいわゆるオネエの方々が接客してくれる店ではなく、ゲイの人たちが集まるバーである。
店内はとてもおシャレで落ち着いており、カウンターの中では肌ツヤツヤのマッチョなマスターがこれまたおシャレにシェイカーを振っていた。
お客はサラリーマン風の男性が2人いて、おにいさんと会話を弾ませている。
「この前一緒に帰った子とはどうなったのー?」
「んーひみつー♪」
マッチョなマスターとアラサーサラリーマンのバラ色恋愛トーク。
そう、ここはゲイバーなんだ…。
彼らの会話に耳を傾けながら改めてその事実を認識し、どうふるまっていいのかわからずフルフルしていた私たちにマスターが話しかけてくれた。
「4人ともゲイなの?」
「いや彼だけゲイでぼくら3人はノンケなんです」
「ノンケ!?」
すでに高かった彼らのテンションは‟ノンケ”というキーワードを聞いてさらに跳ね上がった。
どうやら「ほかの男に汚されていない」という点でノンケ需要はそこそこ高いらしい。
そこからの質問攻めはすさまじく、仕事や女性のタイプ、好きなAVのジャンルまで、興味津々に質問された。
その後アラサーサラリーマンから言われたのが冒頭のコメントである。
(この後私は彼に首筋の臭いをかがれて「かわいい顔してるけどちょっと男っぽい臭いのするところがまたいいっ!!」とおほめいただくことになる。)
とにかく性と恋愛にかんする話が多く(ここでは書けないほど下世話でおもしろいお話も)、彼らに気に入られた私たちは入店から30分で「きのこの山」「AV男優」「かりんとう」というある種の意図しか感じないあだ名をつけていただいていた。ちなみに私はきのこの山である。
性的対象として見られることについて
もしかしたらノンケ男性の中には同性からそんな視線で見られたり、いじられるのはイヤだと感じる人もいるかもしれない。
しかし私は一種の新鮮さ、あるいは独特の喜びを感じていたように思う。
小栗旬のようなモテ男ならともかく、28年の人生の中で他者からこれほどまでに性的な視線を向けられたことが、そして直接的にアプローチされたことがあったろうか。いやない。(反語)
ましてや首の臭いをかがれたことが。(強調表現)
私の周りの女性といえば、
「うーん、西井くんモテそうなのになーー☆」
「なんで彼女つくらないのー?すぐできるよー♪」
などといった毒にも薬にもならないような無駄フォローをしてくる人ばかりで、そこまで言うならもうお前が付き合ってくれよと言いたくなるような(言わんけど)虚しさしか残らない。
気休めでも、おべっかでもない、ストレートな好意。
やはりそれは向けられるとうれしいものである。
ゲイバーという居場所
さて、宴もたけなわ、そろそろ帰りますーと言って私たちはサラリーマンと一緒に店を出た。
(マスターはAV男優が気に入ったらしく名残惜しそうに彼に抱きついている。マスターがマッチョすぎて逃げられないAV男優。)
興味深かったのは店を出る前と出た後のサラリーマンの態度の変わりぶり。
さっきまで「首の臭い、臭いかぎたい」と言っていた軟派なサラリーマンの雰囲気が、店を出た瞬間ぴしっとした一般企業に勤める‟サラリーマン”のそれへと変貌したのである。
「俺の家おいでよー」と誘ってきたりするのかしらという予想を裏切り、彼は「じゃ!」と言ってさわやかに去っていった。
中の自分と外の自分を使い分けているかのようだった。
彼のその様子に、私はゲイバーの持つ機能を見た気がした。
そこは、普段の社会生活の中ではマイノリティとして扱われるゲイたちがマジョリティになれる空間として存在する。
会社では出せない自分を、ここでは安心して思いっきり解放できる。
そんな居場所的な役割が、ゲイバーにはあるのではないだろうか。
ところで、先ほどの話の裏を返せば、ゲイバーではマジョリティ、つまりノンケがマイノリティになる。
ノンケにとって「これが当たり前だ」と思っていた世界は大きく傾く。
外では「あの女の子かわいいよなあ」と気楽に言っていたはずが、そこでは「君みたいな子タイプなんだよなあ」と言われるのだ。
その傾きを恐れて逃げ出したり、ゲイを攻撃し始めたりする人もいる。
しかし、もし受け入れることができれば、世界は広がり始め、ゲイの人たちのしんどさ、楽しさ、居場所、さらにゲイの目線で見た新しい自分の側面(例えば私の首筋の匂いが意外と男っぽいということ)が見えてくる。
ゲイバーには鬼も蛇もいない。
そこにはフランクで積極的な、そしてノンケの世界をぐっと広げてくれるゲイたちがいるのだ。