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フツウをかきまぜる日々

“ひと”にまつわる事柄を、自分の経験とマンガや映画などを絡めて描きます。

それぞれの3月11日

今日で6年と1ヶ月。
 
先月初めて東日本大震災の追悼イベントに参加した。
 
私が参加したのは石巻市仮設住宅で行われたものだったが、被災三県の各地でこうしたイベントが開かれる。
いくつかのイベントに参加した仲間たちから話を聞いたところ、どうもそれぞれ色合いが違うようだ。
 
私が参加したところはとにかく楽しくをモットーに、全国から集まった音楽家たちが賑やかに音楽を奏でた。
仮設住宅の自治会長さんからできるだけ賑やかに、と申し出があったらしい。
 
震災当時、多くの人たちが登って避難した石巻市日和山
ここでは3.11にだけたくさんの露天がならび、宗教団体が何かしら催しをしていたそうな。
 

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普段からよくかかわっていた石巻市雄勝町波板地区はうってかわってドライに3.11を迎えていた。
たんたんと町おこしのための作業を行い続け、14:46を過ぎてから「時報なった?」と聞くくらいだったらしい。
 
生徒の7割が亡くなるという甚大な被害の出た大川小学校。
追悼のため頻繁に訪れる来訪者を対応していたのは、なんと遺族だったという。
 

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もちろんしめやかにイベントを行うところもある。
それが多くの人が抱く追悼イベントのイメージだろう。
東北から遠く離れた関西に戻ってくると余計に、東北のことを他人事のように「かわいそうな場所」、3.11は「悲しく落ち込む時間」と連想する空気を強く感じる。
 
しかし実際には
次を見据えて東北という場を明るく盛り立てようとする人
自分のできることをたんたんと行う人
震災の悲劇を多くの人に知ってもらいたいと行動する人
様々な人たちがいる。
 
東日本大震災は確かにあった。
しかしそこで時間は止まったわけではない。
人は動き、そして変わる。
 
勝手なイメージづけで被災地を2011年に封じ込め、彼らの歩みを止めることだけはしたくないと、心から思う。