フツウをかきまぜる日々

“ひと”にまつわる事柄を、自分の経験とマンガや映画などを絡めて描きます。

おにぎりせんべいの恐怖~パワハラの原理~

なんとも陽気なタイトルであるが、私が体験したことをもとに、パワーハラスメントとは何か、なぜ起こるか、などをまとめておきたいと思う。
 
 
パワハラのはじまり
 
新卒で関西の企業に入社した私は総務部に配属され、新社会人生活が始まった。
 

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4大卒の男性社員ということもあって、将来を期待されていた私は意気揚々と仕事に取り組んでいた。
初め穏やかだった直属の上司との関係に変化が現れたのは入社半年後ほどである。
 
柔らかかった彼の態度はどんどんピリピリし、私が仕事でミスをすれば、舌打ち、睨み、時には「殺すぞ」など暴言を向けられることが増えてきた。
 
段々と私は出社するのがイヤになり、職場に近づくと気持ちが沈んでいった。
 
 
暴力には
身体的暴力(殴る・蹴る、髪を引っ張る)
経済的暴力(お金を無理に出させる、生活費を渡さない)
性的暴力(性行為を強要する、避妊に協力しない)
精神的暴力(大声で怒鳴る、無視する、人格を否定する、脅す)
社会的暴力(他者との交際を制限する)
 
など様々な種類があり、どれもまぎれもなく暴力であり(いじめも暴力であると言える)、この上司の言動は精神的暴力に当てはまるだろう。
 
これだけ一方的にやられているのであれば逃げるか訴えるかすればいいだろうとも考えられるが、パワーハラスメントの恐ろしさは、一方的な暴力に終わらないところにある。
 
ある日、何かでこっぴどく怒られた私は倉庫掃除を言い渡された。
怒りと悔しさを感じながら作業を進め、ひと段落着いたところでデスクにかえって来ると、そこにはおにぎりせんべいが4枚ほどそっと置かれていた。
その横で上司がおにぎりせんべいを食べている。
 
このとき私はとてつもない安堵感に包まれていたと思う。
「厳しいながらも、上司は私を大切に思ってくれている」と…。
 

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こうして文字に起こして読み直すと改めてぞっとするが、この状態はDVのそれと同じである。
ひとしきり相手を殴った後に、「お前がいないとだめなんだよ…」と言うあれである。
 
前者を緊張期、後者をハネムーン期と言い、加害者はこの飴と鞭を本能的に、時には意識的に巧みに組み合わせて使ってくる。
これにからめとられた被害者は
「いつもは厳しいけれど本当は優しい一面があるんだ…」と、相手の優しさに期待し、逃げることができないというか、逃げる気が起きないのである。
 
 
パワハラから逃れられない原理
 
・・・ソフトに書くつもりがとんだホラーストーリーになりつつある。
 
あえてこの話題を発信しようと思ったのには理由がある。
 
その会社を辞めて一年後くらい、文脈は忘れたが就職前の大学の後輩と出会ったときパワハラの話になり、上述の話を彼にしたことがあった。
気をつけるように、という意味も含めて。
すると彼は自分の精神力に自信があるのか、さらっと「僕は大丈夫なんで」と答えた。
 
この彼の考えの裏には「パワハラは精神的に弱いものが被害を受け、強ければ弾き返せる」という思いがあったのだと思う。
しかし実は、精神力の強さに関係なく、誰しもが被害者になりうるということを伝えておきたかった。
 
人は普段の生活の中で自分は安全だと思っている暮らしている。
自分の命や心に危険が及ぶなんてことはみじんも思っておらず、自分の思うままに過ごしている。
 
しかし例えば突然他人にナイフを向けられるとどうだろうか。
刺されないように、抵抗もせず相手の指示に従順に従う人が多いだろう。
 
パワハラでは精神的暴力がナイフとなる。
相手から攻撃的な言葉や態度を向けられることで、それまで当たり前だった自分の「安全性」は、常に脅かされるようになる。
 
するとできるだけ安全でいたいがために、被害者は相手に気にいられようとする。
実際私も上司の冗談に対して極端に笑い声を上げたり、相手の指示に対して過剰に素早く動いたり、へつらったりしていた。
今思い返すと痛々しいが、これは安全な環境で過ごしている誰にでも起こってしまうことを知ってほしい。
 
パワハラを防ぐには 
 
さて、ではどうすればパワハラを止められるか。
 
1つは、自分を傷つけてくる相手に期待をしないことである。
「今は厳しいけれどいつかは…」と思い続けても、人の性格はなかなか変わらない。
相手の攻撃性に気づいたらさっさと逃げるか、もし逃げられない状況なら、労働組合や相談機関などを利用してできるだけ攻撃されずに共存できる方法を探る。
 
同時に相手のパワハラの原因は自分ではない、としっかり思うことも重要だ。
「仕事が遅いから」「数字をとってこないから」などパワハラ加害者は様々な理由をつけてくるだろう。
すると「私がもっと仕事できればこんなに責められることはない。私が悪いんだ…」と自分を責めてしまう。
 
しかし部下の仕事を改善するために、暴力をつかう必要は全くない。
根気強い指導や部署替えなどいくつか方法がある中で(しかも相手を傷つけない)、敢えて暴力を用いるのはやはり加害者の問題だ。
 
また、周りの人が暴力のある状況を当たり前にしないことも大切だろう。
私の場合、周りのどの社員もその上司が私に暴言を吐くのを止めてはくれなかった。
そして終わった後で「あの人、ああいう人だからさ~」と毒にも薬にもならないフォローをしてくる。
関わりたくないからか、そして関わりたくない自分の罪悪感を紛らわすためか、人はパワハラを「そんなにたいした問題ではない」と片づけてしまう。
 
しかし間違いなくその時パワハラを受けている人は傷ついている。
未だに私はその会社の近くを通るたび心がふさぐ。
 

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同僚がパワハラを受けていることに気づいたら、別の上司に進言したり、
それが難しいのであれば、被害を受けている同僚に「あなたは悪くない」と言ってあげる。
それだけでどれだけその同僚は救われるだろう。
 
心の弱い一部の人だけに起こるどうしようもない問題ではなく、誰にでも起こる、そして取り組み方次第で解決していける問題として、私たちはパワハラをとらえ直さなければならない。