フツウをかきまぜる日々

“ひと”にまつわる事柄を、自分の経験とマンガや映画などを絡めて描きます。

洗濯物を干す男 ― わたしの怒りの研究 ―

以前地下鉄千代田線の女性専用車両に、複数の男性が乗り込み、その影響で電車が遅延したというニュースがあった。
彼らはあえて女性専用車両に乗り込み、そして依然として乗り続けているらしい。
 
そのニュースを知って以来、彼らがそうした行動を続ける背景には一体何があるのだろうかと考え続けている。
 
私は2年ほど前から男性だけで色々なテーマについて語り合う会を主催してきた。
(市民団体Re-Design For Men「男の勉強会」「非モテの当事者研会」https://m.facebook.com/RDFM0625/
「劣等感」や「親」「アダルトビデオ」「仕事」「モテない悩み」「暴力」など、あらゆるテーマを切り口にして参加者同士で語り合い、私はそこで語られる、様々なエピソードやそのときの感情について聞いてきた。
もちろん背景は様々だしそれぞれ内容が違いはするものの、共通して「男として生きてきた」からこそ表れるものがあるようにも感じている。
 
かく言う私も「男であること(異性愛の)」を自認して生きてきたし、周りからも「男」と判断されていると思う。
だから私にも「男として生きてきた」からこその感じ方、行動のメカニズムがあるはずだ。
 
そうしてぐるぐると考えたことや、私自身のことを文章にまとめたいと思った。
トピックごとに3つに分けて論じ、最後には主催している男性グループRe-Design For Menの理念のようなものにも触れたいと思う。
 
今回とりあげるのは「洗濯物を干すこと」についてだ。
 
 
当時のパートナーと一緒のアパートに暮らしていた頃のことだ。
比較的平和に暮らしていたのだけれど、ただ、私はたまに相手に対してイライラしてしまうことがあった。
それは相手の態度が不愉快だとか、言い争いをしたとかではなく、洗濯物を干しているときに私はイライラすることがあった。
 
これは別に「家事は女性がすべきなのにどうして男の俺がやらなければならないんだ」という典型的な家父長的男性像の話ではない。
私の実家では、両親は共働きで、どちらかと言うと父親のほうが家事をすることが多く、それが当たり前として私は育った。
なので、私は一人暮らしの時はもちろん、同棲し始めてからも、基本的には何の抵抗もなく洗濯物を干していたし、むしろ率先して家事をやっていた。
 
しかし時折り洗濯物を干していてなぜかイライラに襲われることがあった。
 
 
パートナーとも別れ、そんな怒りを当時抱いていたことを、私は次第に忘れていった。
 
今、ちょっとした縁で脱暴力を目指す男性グループに関わっているのだが、先日その会の中で、パートナーとの生活における価値観の違いについての話題になった。
パートナー同士、それぞれの生まれ育った家庭の文化や性格の違いもあるので、洗濯物の干し方や料理の味付けなどにズレが生まれる。それでいさかいになってしまうというようなことだ。
 
その会に参加していた一人の男性がこんなことを言った。
 
「妻がまあズボラ(マメではない)な性格で、使ってない部屋の電気を全然消さないんです。それを何回も注意してもなおらなくてね、仕方なく私が消すんですけどね、そうしたらなんだか負けたような気がするんです。それでイラっとしてもうてね。それをなんとかしようとしてるんです。」
 
この話を聞いて、私は洗濯物を干してイライラしていた時の自分をハッと思い出した。
そして、この〈洗濯物イライラ現象〉は負けたような気、「敗北感」から来ているのではないかと考え始めた。
 
〈洗濯イライラ現象〉と軽く名付けたものの、実はこれは大きな危険をはらむ現象である。
 
いったんイライラが発生し始めると、私は周りが見えなくなり、相手に配慮するという余裕もなくなってくる。
そしてイライラしていることを相手にただ気付いてほしくて、イライラを外に向け始める。音が出るくらい戸を強く閉めたり、明らかに苛立った顔をしたりして、俺は怒っているんだぞ、とアピールする。
それらの行為はモラルハラスメントや、精神的DVだと言える。
 
つまり、敗北感が怒りに、そしてそれが暴力に発展してしまう。
 

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「敗北感」について考えてみよう。
 
前述したように私は普段から家事は普通にやっていた。
ただ、どうやら私はパートナーと私、どちらも余裕がなくどちらかが洗濯物を干さざるを得ない状態で、結果私がやることになったときにイライラしているようだった。
率先してやりたいと思わないときに、そして結果私が洗濯物を干すことになったときに、洗濯物干しをやらされている(もちろんパートナーが強制している訳ではない)と感じる「敗北感」を感じていた。
 
しかし洗濯物を干すことに競争原理を持ち込むとは不思議な話である。
こうして書いていても思うが、合理的に考えればお互いに余裕がないときでも洗濯物は干さないといけないんだから、気付いたほうが干せばいいだけの話である。
別に「俺が洗濯物を干すことになるとは…負けた…」などと考える必要は全くないはずだ。
それに敗北感や、それによる怒りなど誰も抱きたくないだろうし、私も抱きたくない。
 
とすると、私の合理的な考え方とは別に、洗濯物を干すことに敗北感を感じてしまうメカニズムをどこかで学習してしまっている、ということになる。
 
この敗北感の出所はどこなのか。
 
それを考えていくにあたって、ジェンダー論の中で扱われる〈男らしさ〉という概念が使えそうだ。
男性学者の伊藤公雄は、〈男らしさ〉へのこだわりの一つとして「優越志向」という心理的傾向を挙げる。
あらゆる面で男たちは競争することを求められ、知らず知らずのうちに誰かより勝っていたいという競争的な考え方を身に着けてしまっている。
しかもその競争的な傾向は女性に対してより強く表れ、女性よりも"知的にも肉体的にも精神的にも優越していなければ「一人前の男」ではない"とされる、と言うのだ。(伊藤公雄男性学入門』)
 
以前主催する「男の勉強会」で「プライド/劣等感」についてディスカッションしたところ、男性たちがあらゆる尺度で自分や他者を測っていることが分かった。
学歴、スポーツ、職業、収入、結婚の早さ、髪の毛の多さ、背の高さ、社交性、乗っている車…。枚挙に暇がない。
 
また、家族やメディアから「男らしくなれ」と期待される。
そうして自分も「男らしくならなけらば」と考えている。
期待される〈男らしさ〉を発揮できなかったときに「男のくせに」という否定的な言葉を周りから浴びせられる、という話もよく聞くことがある。
 
男として生きてきた私も、そうした競争することを重視する空気を吸い込んできた。
だからこそ、制度面や実際の生活の中では「男女は対等であるべきだ」と考えつつも、心理的には未だに競争の原理や「優越志向」から抜け出していない。
 
※だからといって男性全員が「優越志向」を持っていると言いたいわけではない。私の場合、それがしっくり腑に落ちる、ということだ。
 
 
私の〈洗濯物イライラ現象〉の解明が進んできた。
それは「敗北感」に始まり、どうやらその根源には〈男らしさ〉による「優越志向」がある…。
 
そういえば私は女性と議論をして言い負かされたとき、男性に言い負かされたときよりも腹立たしい気持ちになることがよくある。議論が競争ではなく、自分の考えを更新するための有益な機会だと分かっているにもかかわらず、である。
 
「敗北感」について教えてくれた男性の話を聞くまで、私は自分の怒りがどこから来るのか考えず、そのままにしていた。
怒りとは本当に厄介な感情で、一旦それに憑りつかれると思考がストップしてしまい、怒りから暴力までがワンセットで現れる。
なので本来は「暴力」がいけないはずなのに、「怒り」という感情、ひいては「怒り」を引き起こす考え方自体もひとくくりに悪いとされてしまう。
そう考えている私も、自分が苛立ったことをいけないことだと目をつむり、早く忘れるようにした。
そして何の対処もせぬまま、洗濯を干すたびに、女性に言い負かされるたびに、またイライラするのである。
忘却というかりそめの対処によって、怒りと加害性をずっと持続させてきた。
 
さて、ここまで私の怒りについて考えてきたが、解明したところで何も問題は解決しないように一見見える。
「男として生きてきた」私の過去は動かないし、私の中に染みついた思考のメカニズムを簡単に変えることはできないからだ。
パートナーや女性に対して敗北感や怒りを感じてしまうことは(できるだけなくしていくべきだろうけれど)なかなか止めることはできない。
 
しかし実はここが重要なところで、解明を通して、私の中の変えられない部分(過去や性格)と同時に、というか変えられない部分が見えたからこそ、変えられる部分も見えてくる
 
今までは、それが生じる理由もタイミングもわからないまま訪れて、うやむやのままにされていた「怒り→暴力」のワンセット。
それを「敗北感を感じたときに私はイライラする」と認識することで、暴力的でない他の感情の扱い方の選択肢が現れる。
 
「この状況下では自分は苛立ちやすいからできるだけ人と会ったり何かをしたりしない」
「何かをせざる負えない状況では自分の行動に注意を払う」
「怒りの感情を別のところで発散する」
 
などである。
 
こうして自分の説明ができると、イライラしている自分がいつ現れ、イライラしている自分とどう付き合えばいいかが、分かってくる。
もしかしたら自分の怒りのメカニズムがわかった時点で怒りが湧いてこなくなることもあるかもしれない。
 
こうした研究的に自分を解明することのポイントは2つある。
 
1つは、先ほど書いたように〈男らしさ〉ゆえに敗北感や怒りを抱くからと言って、それを否定しないことだ。否定したところで、怒りの感情がなくなる訳ではない。
むしろ「これくらいで怒る私が悪いんだ」と考えてイライラに蓋をし続けて、暴力的なふるまいを続けていた私のように、暴力を持続させてしまう。
だから私は〈男らしさ〉を安直に批判するだけの主張を良しとしない。
 
2つ目は、〈男らしさ〉ゆえにそうした感情をどうしても抱いてしまうから仕方ないと開き直らないことだ。
 
〈男らしさ〉があることを、怒りの感情をいだくことを、否定するのでも、開き直るのでもなく、引き受ける。その先に変化がある。
 
私たちの感情やひっかかりには、背景に何か理由がある。
それを放っておくのではなく、自分を説明する大切な資源として扱う。
そうして説明ができたら、より良い自分を新たにつくっていく。
 
私の場合、洗濯を干すときに現れたイライラの背景にあるのは、「敗北感」だった。

差別を考える、物語を上書きする

先日兵庫県尼崎市で行われた被差別部落の学習会に参加した。

「部落差別とインターネット」というテーマで行われ、同和教育が学習指導要領からどんどん減っているのに、インターネットでは部落地域や部落出身者を貶める表現が氾濫している問題が取り上げられた。

インターネットで「部落」と調べると被差別部落の地名や部落出身者の名前がリストアップされたサイトが一番に来る。

知らないままにネットで調べたら自分の地域のことが「治安が悪い」などと書かれている。

その時の子どもの心情を思うとやるせなくなった。

 

興味深かったのは、部落出身者を結婚差別や就職差別するのは

「親に言われたから」

「噂で聞いたから」

「インターネットに書いてあったから」

という一部の言説を信じた理由が多いということ。

つまり何か科学的な実証があって排斥しているわけでも、レイシストに特殊な攻撃性があるわけでもなく、周りから伝えられた物語という、実は脆い(ようで強固な)ものの上に差別は存在することを知った。

 

そんなことを学習会後半でディスカッションしているうちに、中学生の頃自分が差別的な意識をもったことを思い出した。

 

ある日あるクラスメイトから、別の友人のことについて「〇〇、在日らしいで」と、まるで汚い言葉を口にするような顔で教えられた。

親たちの噂話が子どもにも伝わったのだろう。在日韓国人のことをよく知らなかった私は、「なんか〇〇がザイニチ、っていうイヤな存在らしい…」という感覚を持った。

その後彼と普通に接することができなくなって、なにか否定的な目線で見てしまっている自分がいた。

 

仲の良かった彼をそんな目で見る自分が嫌で私はそのことを母に相談した。

 

「〇〇、ザイニチらしい…」

 

「それがどうしてん?」

 

 

その瞬間私を覆っていた〇〇への否定的な目線がざあっと晴れた。

もちろん私がまだ余計な知識やこだわりを持っていない中学生で、母の存在が大きかったのかもしれない。

それでも「〇〇は在日韓国人でネガティブな存在」という物語を「在日韓国人でも〇〇は〇〇」という物語に上書きすることができた。

 

元々持っていた価値観や思想を全く消し去ってしまうことは難しい。

しかし上から別の考えを上に塗りつけることはそう難しいことではない。

対人援助を進めるうえでこの「物語の上書き」という重要な視点を得ることができた。

 

ただそのためには、多様な物語を見つけるアンテナを常に持っておかなければならない。

「これが当たり前」と思い込んで他のものに見向きしていないことが、きっとあるはずだからだ。

 

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恋人にゾンビと言われた男の話

あなたは恋人にゾンビと言われたことがあるだろうか。
 
私は、ある。
 
 
10年前、高校2年生だった私は初めてできた恋人とのバラ色ライフにどうしようもなく浮き足立っていた。
クールキャラ(女の子につれない態度をとる、例えば「おはよう!」という女の子の挨拶に「おぅ…」と無表情に応えたりする)を目指していた私(アホ)でさえも、付き合って1ヶ月は顔のニヤニヤをおさえられなかった。
 
同じ部活の彼女と、週に2回は一緒帰る習慣になっており、その日も一緒に帰って彼女の家の前でおしゃべりをしていた。
 
 
何気なくおしゃべりをしていたが、ふと沈黙が訪れ、なんだか「それっぽい空気」になった。
 
こ、こここここれは噂に聞く「それっぽい空気」!!
 
未だ手も繋いだこともない私と彼女。
ここでいっとかなければ男がすたるのでは…!!
と私は突然のミッションをつきつけられた。
 
しかし悲しいかな今日は雨…。
彼女と私は傘をさしており、その距離は容易にはつめられない。
 
しかしこの千載一遇のチャンスを是が非でも逃してはならぬと思った私は、何をとち狂ったのか、「これがイケてる男の最適解」と言わんばかりに、持っていた傘を後ろへと勢いよく放り投げた。
 
もちろんまだ雨は降っている。
 アホである。
 
傘という邪魔モノを後方に追いやった私は、一歩、また一歩と彼女へ向かってじりじりと歩を進めていった…。
 
もう少し、もう少しで俺もイケてる男の仲間入り…。
 
 
と、突然彼女が持っていた傘を開いたまま私に向かってバッと振り下ろした。
私の行く手は、水玉模様の可愛らしい傘に完全に阻まれた形になった。
 
 
何が起こった?
勇気を振り絞った傘投げからの前進、それがなぜ遮られているのだ?
 
 
突き刺すような沈黙。
 
私は声をふり絞った。
 
 
「な、なんでなん…?」
 
 
 
 
「西井くん…ゾンビみたい…」
 
 
 
後で聞いた話だが、この時私はあまりにテンパっていたためか、両手を前に突き出し、あろうことか「あ…あ…」と奇声を発して近づいていたというのだ。
 
この2ヶ月後私たちは別れることになる…。
 

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おおっぴらに書いてはいるがもちろん恥ずかしい思い出だと思っている。
ゾンビと言われた後、彼女の目の前でかっこつけて投げた傘を拾いあげた、あの日の情景を思い浮かべると情けなくて涙が出る。
 
しかしこんなにも面白いネタを記憶の中にとどめておくなど、私の大阪人の血が許さない。
飲み会で、就活のグループワークで、最近では大学院の自己紹介で。
あらゆる場でこのエピソードを披露し、笑いをかっさらってきた。
私のすべらない話のトップに君臨し続けている。
 
 
この話を語ることには、笑いをとれること以外にもう一つ効果がある。
 
28歳というaround30な歳になると、批判されることが少なくなってくる。
若いころは「アホやな」とか「もっと頭使え」とかいろいろ言われてきたけれど、それが減り、そのせいか誉め言葉が際立つようになってきた。
 
「落ち着いてますね~」「行動力がありますね~」みたいに褒められる。
(最近ブログ記事を褒められることが増えてきたことについては大きな声では言わない。)
 
街中で鏡を見つければ、その都度鏡に映る自分の髪の毛をいじってしまう先天的ナルシストな私は、それがお世辞かもしれないという可能性を微塵も考慮せず、
「そうですかね~えへえへ」と受けとめてしまう。
 
そうして、もともとメタボリック気味な私の自意識はぷくぷく太っていく。
 
 
そんな時このエピソードを語ると
「あ、俺たいしたことないぞ」と気づくことができる。
 
「俺すごいかもしんねえぞ…」
という自意識過剰の世界へとフワフワと飛んで行ってしまいそうな私を、
「いやいや待て待て。お前、所詮ゾンビやから」
と、現実の世界にとどめてくれる楔の役割を持つのである。
 

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「あの時失恋して悲しかったけど、それを教訓に今は立派にやってます…」
のような結婚式で行われる大切な人への手紙の読み上げみたいに、当時の彼女に感謝したいわけではない。
 
むしろ今でも「いや、恋人にゾンビは言ったあかんやろ」とツッコみたい気持ちでいっぱいだ。
 
 
言いたいのは、大人になっても「かっこ悪いエピソード」を自分の中に持っておくということである。
 
周りの目や、自分の意識によって出来上がってしまった「かっこいい自分像」に沿うよう生活することは難しいし、維持することはしんどい。
木村拓哉は絶対に「寒い」と言わないという話を聞いたことがあるけれど、寒いときは「寒い」と言っていい。
 
「かっこ悪い自分もいる」ということを認めてあげれば、無理に自分を飾る必要がなくなり、少しだけ楽に生きられる。
 
 
 
とは言っても、女の子に奇声をあげながら近づくのは、いくらなんでも認めないほうがいいと思う。

ノンケがゲイバーに行ってみた。

「右から2番目のあのメガネくんがタイプ!」
 
友人に連れられて初めて訪れたゲイバーで、お客の一人に言われたセリフである。
 
 
仙台から大阪へ引っ越す準備が終わったころ、ゲイの友人が「最後の思い出に」と、私を含めノンケ(異性愛者)3人を連れて行ってくれた。
女装したいわゆるオネエの方々が接客してくれる店ではなく、ゲイの人たちが集まるバーである。
 
ジェンダー系の活動を通してセクシャルマイノリティの人たちとの交流も増え、「俺はゲイリテラシーが高い、余裕だ」と平気な顔を装ったが、鬼が出るか蛇が出るかと内心ハラハラしながらバーの扉を開けた。
 

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店内はとてもおシャレで落ち着いており、カウンターの中では肌ツヤツヤのマッチョなマスターがこれまたおシャレにシェイカーを振っていた。
お客はサラリーマン風の男性が2人いて、おにいさんと会話を弾ませている。
 
「この前一緒に帰った子とはどうなったのー?」
「んーひみつー♪」
 
マッチョなマスターとアラサーサラリーマンのバラ色恋愛トーク
そう、ここはゲイバーなんだ…。
 
彼らの会話に耳を傾けながら改めてその事実を認識し、どうふるまっていいのかわからずフルフルしていた私たちにマスターが話しかけてくれた。
 
「4人ともゲイなの?」
「いや彼だけゲイでぼくら3人はノンケなんです」
「ノンケ!?」
 
すでに高かった彼らのテンションは‟ノンケ”というキーワードを聞いてさらに跳ね上がった。
どうやら「ほかの男に汚されていない」という点でノンケ需要はそこそこ高いらしい。
 
そこからの質問攻めはすさまじく、仕事や女性のタイプ、好きなAVのジャンルまで、興味津々に質問された。
その後アラサーサラリーマンから言われたのが冒頭のコメントである。
(この後私は彼に首筋の臭いをかがれて「かわいい顔してるけどちょっと男っぽい臭いのするところがまたいいっ!!」とおほめいただくことになる。)
 
とにかく性と恋愛にかんする話が多く(ここでは書けないほど下世話でおもしろいお話も)、彼らに気に入られた私たちは入店から30分で「きのこの山」「AV男優」「かりんとう」というある種の意図しか感じないあだ名をつけていただいていた。ちなみに私はきのこの山である。
 
 
性的対象として見られることについて
 
もしかしたらノンケ男性の中には同性からそんな視線で見られたり、いじられるのはイヤだと感じる人もいるかもしれない。
しかし私は一種の新鮮さ、あるいは独特の喜びを感じていたように思う。
 
小栗旬のようなモテ男ならともかく、28年の人生の中で他者からこれほどまでに性的な視線を向けられたことが、そして直接的にアプローチされたことがあったろうか。いやない。(反語)
ましてや首の臭いをかがれたことが。(強調表現)
 
私の周りの女性といえば、
 
「うーん、西井くんモテそうなのになーー☆」
「なんで彼女つくらないのー?すぐできるよー♪」
 
などといった毒にも薬にもならないような無駄フォローをしてくる人ばかりで、そこまで言うならもうお前が付き合ってくれよと言いたくなるような(言わんけど)虚しさしか残らない。
 
気休めでも、おべっかでもない、ストレートな好意。
やはりそれは向けられるとうれしいものである。
 

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ゲイバーという居場所
 
さて、宴もたけなわ、そろそろ帰りますーと言って私たちはサラリーマンと一緒に店を出た。
(マスターはAV男優が気に入ったらしく名残惜しそうに彼に抱きついている。マスターがマッチョすぎて逃げられないAV男優。)
 
興味深かったのは店を出る前と出た後のサラリーマンの態度の変わりぶり。
さっきまで「首の臭い、臭いかぎたい」と言っていた軟派なサラリーマンの雰囲気が、店を出た瞬間ぴしっとした一般企業に勤める‟サラリーマン”のそれへと変貌したのである。
 
「俺の家おいでよー」と誘ってきたりするのかしらという予想を裏切り、彼は「じゃ!」と言ってさわやかに去っていった。
中の自分と外の自分を使い分けているかのようだった。
 
彼のその様子に、私はゲイバーの持つ機能を見た気がした。
そこは、普段の社会生活の中ではマイノリティとして扱われるゲイたちがマジョリティになれる空間として存在する。
会社では出せない自分を、ここでは安心して思いっきり解放できる。
そんな居場所的な役割が、ゲイバーにはあるのではないだろうか。
 
 
ところで、先ほどの話の裏を返せば、ゲイバーではマジョリティ、つまりノンケがマイノリティになる。
ノンケにとって「これが当たり前だ」と思っていた世界は大きく傾く。
外では「あの女の子かわいいよなあ」と気楽に言っていたはずが、そこでは「君みたいな子タイプなんだよなあ」と言われるのだ。
 
その傾きを恐れて逃げ出したり、ゲイを攻撃し始めたりする人もいる。
しかし、もし受け入れることができれば、世界は広がり始め、ゲイの人たちのしんどさ、楽しさ、居場所、さらにゲイの目線で見た新しい自分の側面(例えば私の首筋の匂いが意外と男っぽいということ)が見えてくる。
 
ゲイバーには鬼も蛇もいない。
そこにはフランクで積極的な、そしてノンケの世界をぐっと広げてくれるゲイたちがいるのだ。

それぞれの3月11日

今日で6年と1ヶ月。
 
先月初めて東日本大震災の追悼イベントに参加した。
 
私が参加したのは石巻市仮設住宅で行われたものだったが、被災三県の各地でこうしたイベントが開かれる。
いくつかのイベントに参加した仲間たちから話を聞いたところ、どうもそれぞれ色合いが違うようだ。
 
私が参加したところはとにかく楽しくをモットーに、全国から集まった音楽家たちが賑やかに音楽を奏でた。
仮設住宅の自治会長さんからできるだけ賑やかに、と申し出があったらしい。
 
震災当時、多くの人たちが登って避難した石巻市日和山
ここでは3.11にだけたくさんの露天がならび、宗教団体が何かしら催しをしていたそうな。
 

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普段からよくかかわっていた石巻市雄勝町波板地区はうってかわってドライに3.11を迎えていた。
たんたんと町おこしのための作業を行い続け、14:46を過ぎてから「時報なった?」と聞くくらいだったらしい。
 
生徒の7割が亡くなるという甚大な被害の出た大川小学校。
追悼のため頻繁に訪れる来訪者を対応していたのは、なんと遺族だったという。
 

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もちろんしめやかにイベントを行うところもある。
それが多くの人が抱く追悼イベントのイメージだろう。
東北から遠く離れた関西に戻ってくると余計に、東北のことを他人事のように「かわいそうな場所」、3.11は「悲しく落ち込む時間」と連想する空気を強く感じる。
 
しかし実際には
次を見据えて東北という場を明るく盛り立てようとする人
自分のできることをたんたんと行う人
震災の悲劇を多くの人に知ってもらいたいと行動する人
様々な人たちがいる。
 
東日本大震災は確かにあった。
しかしそこで時間は止まったわけではない。
人は動き、そして変わる。
 
勝手なイメージづけで被災地を2011年に封じ込め、彼らの歩みを止めることだけはしたくないと、心から思う。
 

さて、ここから。

関西に帰って来て、大学院生としての生活が始まった。
 
それにしてもなんと濃い仙台での2年半であったか。
知り合いのほとんどいない地で、私はかけがえのない経験をした。
 
ニート、ゲイ、フリーター、うつ病発達障害、ありとあらゆるマイノリティたちがあつまるシェアハウスでのカオスな生活。
対人援助の世界へ足を踏み入れた、貧困家庭の子どもたちとの苦しく、楽しいやりとり。
そして闘争。
からの7ヶ月に及ぶニート
様々な人たちと出会い、ライフワークにしたい分野を見つけられた市民団体の立ち上げ。
東北での生活の総括になった東北大学学生ボランティア支援室での仕事。
 
3回くらいキャリアステップを踏んだ。
仙台へ行く前は神戸のアパレルで働いていたので、大学を卒業してから
 
サラリーマン
NPO職員
大学職員
大学院生
 
という5つの肩書きを転々としてきたことになる。
 
古いタイプの職業人に「これだから若い者は堪え性のない…」と言われてももう何も言い返せない。
「ライフワークを見つけたとか言ってまた投げ出すんだろう?」と言われることもあるだろう。
 
しかしこの右往左往したキャリアを悔やんではいない。
一般企業で働いたから「あ、俺、金儲けあかん」と気づけたし、
NPOで働いたから対人援助をより深めようと思ったし、
ニートをしたから自分のこれまでをふりかえり、これからを見直すことができた。
 
人生に訪れる分岐点で(というか自分の人生の中に無理矢理分岐点を作って)、その中から1つの道を選んできたからこそ、今の自分がある。
「こうあるべき自分」が最初から決まっていて、それを探し、目指すのではなく、「選択を続けることでできあがる自分」
 
人生をうろうろしながらも、とりあえず目指したい方向性は見つけた。
環境もできた。
一通りの知見も得た。
 
さて、ここから。

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ドラマ『カルテット』で知る「ゆるく頑張る力」

ドラマ『カルテット』が終わってしまう。
 
こんなにも見ていて落ち着くドラマにはなかなか出会ったことがない。
それはまるで低反発枕のように私の心にしっくりとはまり、ほどよく笑い、ほどよくときめき、ほどよくハラハラできる。
 
『カルテット』は、松たか子満島ひかり高橋一生松田龍平という演技派俳優たちが、弦楽四重奏の奏者を演じる‟ほろ苦くて甘い、ビターチョコレートのような大人のラブサスペンス”である。
 
※以下ネタばれあり

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1.カルテットドーナツホールのもつ「ゆるさ」
 
彼らの重厚かつ軽妙な演技は大きな魅力で、家族でもない4人が、軽口を言い合いながら楽しそうに食卓を囲むのシーンはその真骨頂だ。
 
その他にも、ヒヤリとさせられる巻さんのミステリアスさ、雀ちゃんの別府さんへの甘い恋心、そしてゾッとするような有朱ちゃんの小悪魔感。
登場人物たちが独自のキャラクターを生かし、様々なエッセンスをストーリーに混ぜていく。
 
その土台となっているのは、全編に通底するある種の「ゆるさ」だと私は思う。
 
 
弦楽四重奏『カルテットドーナツホール』を組む主要人物4人は、音楽だけで食べているわけではない。
彼らは資産家である別府家の別荘に居候し、それぞれが別に副業をしているか、もしくはしていない。
作品に登場する音楽プロデューサーの言葉を借りるなら四流の奏者である。
 
「注文にこたえるのは一流の仕事。
ベストを尽くすのは二流の仕事。
我々のような三流は、明るく楽しくお仕事をすればいいの」
・・・
「志のある三流は、四流だからね」

 (『カルテット』第5話)

 

しかし彼らには一流奏者への妬みや、奏者としての焦りが見られない。
と言って自分たちに見切りをつけ、プロをあきらめているわけでもない。
奏者としてのプライドを持ち(だから四流と揶揄されるわけだが)、定期的に練習を重ねる。
ただ「ゆるい」のだ。
醸し出す雰囲気が、暮らしが、弦楽器への取り組みが、ほどよく「ゆるい」。
 
 
同期が自分よりも出世が早い。
友人がすごくモテる。
高校の同級生が自分の年収の倍稼いでいる。
 
私たちはあらゆる場面で他人と自分とを比較し、ある領域で相手が自分よりも上にいた場合、劣等感を抱き、相手を恨めしく思ってしまう。
だから青筋立てて自分の限界を超えて頑張ってしまうか、周りと自分を呪ってしまう。
 
私もなかなかそのパワーゲームの螺旋から降りられない。
もし働くならパン工場よりも博報堂で働いていたいと思う自分がいる。
 
 
プロを目指すもプロになれていない。
でも焦らない。
でも努力はする。
そんな彼らの「ゆるい姿勢」はどこから来るのだろう。
 
 
2.社会的自尊感情と基本的自尊感情
 
心理学者の近藤卓(たく)先生は、自分を尊重できる感情「自尊感情」には優越や成功体験によって伸びていく「社会的自尊感情と、それを支える「基本的自尊感情の2種類あるという。
以前教育界で流行った‟ほめてのばす”のように、社会的自尊感情は他人からの評価や他人との比較で風船のようにすぐに膨らんでいく。
 
一方基本的感情は、
 
あるがままの自分自身を受け入れ、自分をかけがえのない存在として、丸ごとそのままに認める感情です。よいところも悪いところも、長所も欠点も併せ持った自分を、大切な存在として尊重する感情が、基本的自尊感情です。
そして、この感情こそが、自尊感情の基礎を支える大切な感情なのです。

 (近藤  卓『子どもの自尊感情をどう育てるか』)

 
カルテットの第9話で正規職についていないことに後ろめたさを感じるメンバーに対して、巻さんが言ったことわざ「咲いても咲かなくても花は花」は正に基本的自尊感情を表す言葉だろう。
「咲かなければ花ではない」と考えているから私はパワーゲームから降りられない。
 
 
また近藤先生はどちらの自尊感情も必要だと主張する。
基本的自尊感情だけが高いと、成長意欲のないマイペースな気質になってしまう。
 
それより怖いのが社会的自尊感情ばかりが高いタイプだ。
基礎ができていないので、自分の存在価値を高めるのは周りからの評価か優越しかない。
それを得るために、彼らは常に力を抜かずに必死で頑張り続ける。
しかしそうして得た社会的自尊感情は、自分よりも優れた人に出会ったり、失敗したりしたとき、風船がはじけるように簡単に失われてしまう危険性を孕んでいるのだ。
 
 
3.ゆるく頑張る力
 
カルテットの4人は、そのどちらもが高い。
自分たちは‟咲かなくても花であり”、なんなら‟穴が開いているから(ドーナツになって)良い”と自分たちの短所も受け止める。
過去どんなことがあっても今が良いからいい、とありのままの自分を認めている。
 
一方で自分たちの演奏を褒められれば喜び、そして絶え間ない努力をする。
 
マイペースでも、張り詰めた風船でもない、「ゆるく頑張る力」を持っている。
 
 
ちなみに基本的自尊感情は、身近な誰かと一緒に映画を見たり、ご飯を食べたり、同じ体験を共有する‟共有体験”によって育まれるそうだ。
 
体験を通して嬉しさや悲しさを一緒に感じ、共有することで、「自分の感じ方は間違っていない」という安心感が生まれる。
その積み重ねによって、「自分はこれでいい」と受け入れることができるのだ。
 

 とりあえず身近な人とレモンをかけた唐揚げを食べて、その気持ちを共有してみよう。

 

子どもの自尊感情をどう育てるか そばセット (SOBA-SET) で自尊感情を測る

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