フツウをかきまぜる日々

“ひと”にまつわる事柄を、自分の経験とマンガや映画などを絡めて描きます。

インポテンツ、棺桶、チキンラーメン ~焦点化されなかった東日本大震災〜

「おにーちゃんにだけ言うけどね、俺ね、今70(歳)でしょ。で、震災から6年か。6年間、64(歳)からもう1回もたってないんだよ。」
 
——え、たつ…?
 
「下半身のあれね、勃たなくなってね、はっはっは(笑)」
 
——震災の影響で、ってことですか?
 
「それはわからんけどね。年かもしらんし。
まあもう使うこともないけどね(笑)」
 
 
2017年、当時仙台のある大学に、ボランティア学生支援スタッフとして雇われていた私は、学生とともに東日本大震災の被災地各地を回っていた。
これは岩手県陸前高田市の復興住宅の集会室で、学生と企画したカフェに訪れた住民の男性から聞いた話だ。
 
彼は自分の男性器が勃起しなくなったことを、笑いながら、そして少し寂しそうに語った。
私が男で、しかも学生ではなく職員という立場だからこそ話してくれたのかもしれない。
(それとももしかしたらそういう話を言いやすい空気を私は醸し出しているのだろうか?)
 
「おにーちゃんにだけ」というのがどれだけ本当か分からないが、インポテンツ(勃起不全)がレッテルを貼られて語られる風潮を考えれば、なかなか人にさらけ出せる内容ではないだろう。
それがふと、たまたま復興住宅の集会場を訪れた若い男に、ぽろっとこぼれ落ちた。
 
 
石巻のある小さな仮設住宅にもよく訪れた。
住民交流に熱心な自治会長さんと元気なおばちゃんたちが、いつも私たちをあたたかく迎えてくれた。
その中の1人のおばちゃんが、手芸をしながら震災当日のことを教えてくれた。
 
「3月11日の前の日、だから10日ですね。お父さんが亡くなって。
地震が来たときちょうどお棺を運んでるときだったんですよ。
それで大きく揺れたでしょ。棺桶が川に落ちてしまって、途中の木に挟まったんです。
下の方だから取りに行くこともできなくなって。
 
そうしたら、その後自衛隊の人が来て、『誰か落ちたんですか⁉⁉』って。
『あ、お父さんが…』って言ったら、拾いに行ってくださったんですけど、自衛隊の人も『あれ?棺桶?』って感じでね…。
なんかこっちも気まずくて…。
これ笑っちゃいけないんですけどね。なんかちょっと…やっぱり可笑しいですよね(笑)」
 
2人で笑っていいのやら神妙な顔をすればいいのやら、妙な空気になったのを覚えている。
 
 
そのような被災地を回る仕事をしてます、とある日、行きつけの美容院のおにいさんに話すと、普段寡黙なおにいさんが震災当時のことをぽつぽつと語ってくれた。
 
「僕は仙台市内ですからね、揺れはしましたけど、そんな危険はなかったんで危機感も薄かったですねー。
停電もしばらくしたら回復しましたし。
あ、でも食べ物は困りましたね。みんな買われてましたからね。
まあこのままだと困るなーってことで、ふらふら食べ物を探すために散歩に出たんです。」
 
——なんか、ほんま危機感ないかんじですね(笑)
 
「だいたいみんなそんな感じでしたよ。なんとかなるかーって感じで。
2、3時間歩いて店まわったんですけど、なかなか見つからなくて、家に戻り始めたんですけど、家からすぐのところに古い雑貨屋を見つけたんです。
それまでずっと暮らしてきて全然気付かなかったんですけど、あったんですね。
 
何かあるんじゃないかと思って、いろいろ物色してたら、チキンラーメンがあって。
店のおばちゃんに『おばちゃんこれもっとある?』って聞いたら他の在庫もあって。
おばちゃんもそれ食べるからって言うんで、半分だけ買わせてもらって、6パックくらいだったかな。それで帰ってきたんですよ。
 
その後よくパッケージ見たら、賞味期限1年くらい過ぎてたんですよ(笑) やばいですよね(笑)」
 
なんだかんだ食事はどうにかなったという。
 
 
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震災当時石巻市に暮らしていた友人から、津波で自分のペットが死んだことを震災後2年経ってからようやく語り出せた、という話を聞いた。
家族や近しい人を亡くした人がいる中で、ペットの死はなかなか口にできなかったそうだ。
 
被災地では、被害状況の差によって、住民間に溝が生まれたという。
「おたくはまだ家残ってるしね。」といった具合に。彼女もその溝に苦しんだ。
同じ東北に住む人々の中に、「被災者」という枠がいつの間にか形成され、その線引きをめぐって様々な葛藤が生まれた。
 
そしてその線引きに、東北の外部にいる私たちも加担している気がしてならない。
 
現地を訪れた人はより「被災地的」なものを見たがり、ボランティアは現地の人により「被災者的」な話を聞きたがる。
外部者は東北により「被災」を求め、自分の中にある「被災」のイメージを押し付けていった。
メディアで1年に1回取り上げられる東日本大震災特集は、重いテーマばかり抽出して放映する。
学生時代ボランティアとして訪れた私も、住民の方から深刻な話を聞いたとき、どこかでそれを誇っていたところがあった。
 
外部者が「被災地は可哀相な土地」だと位置づけているから、悲劇のストーリーばかりが取り上げられるのか。
それとも人間にはそもそも悲劇を求めてしまう習性があり、そのせいで「被災地は可哀相な土地」と位置づけられるのか。
どちらが先かはわからない。
 
しかし、どちらにしろ、こうした外部のまなざしは、現地の人に無用な圧力と分断を生み出し、
そして何より東北で起こったことの全体像をうやむやにしてしまう。
私たちは「東日本大震災」の局所的な部分しか把握できなくなってしまう。
 
それが東日本大震災や東北を「知った」ことになるだろうか?
知らないままに「忘れない」なんてことはありえるだろうか?
(そもそも自分を「外部」と言っていること自体が、分断を起こしていないだろうか?)
 
深刻な話だけが東日本大震災や東北の現状を表すのではない。
勃たなくなった男性器も、川に落ちた棺桶も、賞味期限の切れたチキンラーメンも、東日本大震災の1つだ。
 
外部に住む私たちは、現地で見たこと聴いたことをひとつひとつ刻み続けていく。
彼らの顔を思い出しながら、ふとそんなことを考えたりする。

べてるの家、探訪

3月末に北海道浦河町にある「べてるの家」にお邪魔した。
1日だけだったが実りが多く、そこでの学びをまとめておきたいと思う。
 

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べてるの家とは、統合失調症や、うつ病などの精神障害を抱えた当事者の活動拠点のことで、名産である日高昆布の販売活動や、病気との付き合い方の研究、その体験の発信などを行っている。
この研究のことを彼らは「当事者研究」と呼んでいる。
 
当事者研究について、当事者研究の研究をしている熊谷晋一郎先生は、
「困りごとを抱える当事者が、困りごとの解釈や対処法について医者や支援者に任せきりにするのではなく、困りごとを研究対象としてとらえなおし、似た経験を持つ仲間と助け合って、困りごとの意味やメカニズム、対処法を探り当てる取り組み」
と位置付けている。
 
前日、新千歳空港からレンタカーで浦河町へ向かった。
予想に反して春先の北海道はかなり暖かく、雪もだいぶとけていた。
 
朝9時15分からミーティングが始まるというので9時には着くようにしたが、時間になってもミーティングはなかなか始まらない。
このゆるさが、べてるの良さだ。
とにかくゆるく。時間通り進むことはほぼない。
そして何よりその場は明るかった。
 
 
この明るさはどこから?
 
もちろんそれは一面的に見た印象でしかない。
"客"である私には見えない側面もあるだろう。
それでも、病理を抱え、社会からも周縁化された当事者が集まる場にもかかわらず、そこには笑いと声があふれていた。
しかもその空気感は1日続くのだ。
 
同じ印象を、大阪釜ヶ崎に行ったときにも抱いたことを私は思い出した。
薬物使用で十数回刑務所に入り、現在は生活保護で暮らしているというおっちゃんは、
ばったもんの金色の腕時計と、派手なアロハシャツを身に着けて、「今は楽しいでえ」と私に話した。
 
それは特別なサポートを受けているから、というわけではなく、「生き方」に鍵があるように思う。
おそらく病理的、経済的、構造的な〈生きづらさ〉とは別に、それをどう受信するかという回路が私たちの中にあるのではないか。
その回路を経ることで、〈生きづらさ〉はそのまま当事者に降りかかることもあれば、より強化されて当事者を苦しめることもある。
一方で、〈生きづらさ〉は和らげられることも、別の意味を持つものに変わっていることもある。
 
べてるの家では当事者の方が体験している幻聴・幻覚に「幻聴さん」という名前をつけて、「幻聴さん」との付き合い方を研究の中で考えるのだが、当事者の方の中には、「幻聴さんが語りかけてくれたことで、自分の寂しさを埋めてくれた」という人もいた。
本来、苦しみであったはずの幻聴が意味のあるものに変化していた。
 
もちろんその〈生きづらさ〉が当事者を苦しめるものならば、(構造的な〈生きづらさ〉は特に) 解消していく必要があるが、当事者が受け止め方を変えるというやり方も一方で存在している。
 
その手段が「当事者研究」だ。
 

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当事者が営む「カフェぶらぶら」の幻聴さんパフェ
ひっかかりを大切にする
 
実際に「当事者研究」に参加させてもらった。
その日は4人の当事者の方がグループの前に出て、「大きな音に耐えられない」「何をしてもいいと言われるのがつらい」など、自分の中にある〈悩み〉や〈苦労〉を発表。
それを周りから質問を受けて掘り下げ、周りからアドバイスをもらうという形式で進んだ。
全員の結論を出すわけではない。
最終的には個人が自分のより良い〈苦労〉との付き合い方を見出していく。
 
注目したのはこの〈苦労〉に対する当事者の方々の感度の高さだ。
思えば私は「これはおかしいかもしれない」「少ししんどい」ということを、表に出してこなかった。
それで済むと思っていたし、仕事や娯楽など他のことに視点を移すことで、その〈苦労〉をやり過ごすことができた。
やり過ごすのが当たり前過ぎて、気付かないようになっていたかもしれない。
でもそれは着実に私の中に溜まっているのだ。
 
べてるの家の人たちは、この〈苦労〉をないがしろにせず、とても大切にしている。
そしてそれを自分を知るための資源として、すぐに「研究」の俎上にあげる。
彼らは驚くほど日常的に「研究」という言葉を使う。
そして「研究」のために、新たな行動を行ってみる「実験」や、自分の行動を記録する「データ集め」なども行う。
そうして進められた「研究」は「先行研究」として、同じ〈苦労〉を持つ人の役に立っていくのだという。
 
この〈悩み〉や〈苦労〉を公にして皆で研究するというこ営みは、「弱さの情報公開」を良しとしているからこそ可能になる。
弱さを出してもバカにされない、過剰に心配もされない空間の大切さを改めて感じた。
 
ちなみにべてるの家には「べてるウイルスに感染する」という言葉があるそうで、すっかり私も感染してしまった。
最近は「キラキラした人への拒否感」や「自分の怒りの出どころ」の研究をしている。
 
同質性から生まれる「それで順調」
 
彼らは「研究」という言葉と同じくらい「順調」という言葉を使う。
「人と違って自分はおかしい」「病気が悪化して苦しい」という状態に対して、「それで順調だ」「それでいいんだ」と言う。
そしてその言葉で多くの人が救われていく。
 
世間一般にあふれている"フツウ"の概念に照らし合わせば、障害を持つことは"オカシイ"ことかも知れない。
しかしべてるの家の中で、その"オカシイ"とされることは「順調」なことなのだ。
この言葉は単なる気休めではない、"フツウ"を相対化させる力を持っている。
 
ここに、当事者たちで構成されたべてるの家の強みがある。
医者が主導権を持つ施設では、彼らはずっと"オカシイ"とされたままだろう。
そうしたラベリングをつけられた当事者は苦しみ続ける。
「おかしくはない、順調なんだ」という実感のこもった言葉がどれだけ心強いだろうか。
 
ちなみにべてるの家には当事者・スタッフのほかに、「当事者スタッフ」がいる。
べてるの家に登録していた当事者がいつの間にかスタッフになっていた、というのはよくあることらしく、それくらい当事者ースタッフ間の垣根が低い。
誰が当事者で誰がスタッフなのか、名乗られなければ分からなかった。
べてるには援助者→被援助者という一方向的な援助がない、というのも特徴だろう。
 
ところで、当事者研究の場はたいへん賑やかだ。
全員が静かに発話者の語りを聞くなんてことはない。
中には明後日の方向を見て一人語りをしている人や、お友達とぺちゃくちゃ話している人もいる。
しかし全く話を聞いていないというわけでもない。
彼らは自分の関心のあること、自分と近い体験をしている人の話はちゃんと聞いており、質問したりアドバイスをしたりしている。
そして自分と同じようなこと体験に対して「分かるなあ」と言いながら笑いあう。

 

上下関係のない、程よい同質性から生まれるやわらかなつながりを感じた。
 
 
応答可能性としての責任
 
当事者研究や、昆布詰めの作業を体験し、ふりかえりのMTGが終わったころ、以前「UFOに乗って一緒に宇宙に行こう」と麗しい女性に声をかけられたという当事者の方と話す機会があった。
彼はこの幻聴さんだけではなく、ある被害妄想も抱いていたという。
大手企業で上司からプレッシャーをかけられて精神的にまいってしまったという過去を持つ彼は、べてるの家に来た頃、その企業に対して抱いていた恨みをべてるにも向け、「これだけ良いところと言われているのだから、利用者を都合よく搾取しているんだろう」と考えた。
そして、その秘密を暴くために職員のカバンにひっくり返したり、他の利用者をにらみつけたり、という行動を繰り返した。そうしてメンバー達からは避けられていった。
 
それでもある一人の仲間が彼を見捨てず、彼は数年かけてようやく当事者研究をはじめ、自分の行動を修正していったという。
面白かったのは、彼が自分の行動を「反省しなかった」という点だ。
 
べてるの家には「責任」という理念があるのだが、おそらく一般的に使われる「罪」や「過ち」という意味を示さない。
自分の行動を受け止め、それをどう変えていくか、という「応答可能性 responsibility」の意味で使われている。
なので責任の取り方は、謝罪ではなく、その後の生き方で示される。
「みんなその後の私の行動を見て、変わったなあと思ってくれたんだと思います。」と彼は笑顔で話した。
 

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そんなこんなで北海道を後にしたのが、本当に気付きが多く、まとめるのに2週間以上かかった。
 
今回のべてるのフィールドワークは、今実践している「非モテ当事者研究会」の参考にするため、当事者研究の技法を学ぼうという動機が大きかった。
しかし、べてるで行われている「当事者研究」は技法ではなかった。
それは、より生きやすくなるための「生き方」なのだと感じた。

語りだす男 ― 男性グループという視座 ―

 
「洗濯物を干す男」では私の怒りと加害性を、「殴られる男」では私の被害体験と痛み、そして語れなさについて書いてきた。
こうした経験から、どうやら私の中には2つの規範があることが見えてきた。
1つは怒りや加害性、ひいてはそれをもたらしうる他者を優越したいと思う〈男らしさ〉を否定する規範
もう既に世間的にも家事も育児もしない、女性に対して偉そうにふるまう男性像は否定されつつあるだろう。
 
もう1つは、男たるもの被害を受けたり痛みを感じたりしてはいけないといった、強い〈男らしさ〉を求める規範
こちらはあまり公にはされないものの、未だ私たちの思考や生活に潜んでいる。
よく使う例だが、私はまだ女性と二人で歩いていると車道側に回って女性を守ろうとする。車に轢かれれば男女関係なくケガするにもかかわらず。
 
このような2つの、時に矛盾するような規範によって、男性たちはありとあらゆる感情が外に出てこなくなっているのではないだろうか。
怒り、悲しみ、後悔、痛み、悔しさ、妬み、不安、弱さたちが、吐き出されず、行き場を失う。
そのせいで、それらの感情が一体何によってもたらされるか解明のされないまま、ずっと澱のようにたまり続けていく。
 
例えば私が洗濯物を干すたびに感じていた怒りの感情も、「イライラする私」が悪い、と蓋をされ続け、なんの対処もされぬまま、再び洗濯物を干すたびに暴力を再生産し続けていた。
 
痛みや悲しみ、不安などの感情も、私が「リンチされた情けない私」という否定的な自己イメージをずっと抱えていたように、それは自分の世界の中だけでぐるぐると回り、自分を傷つけ続ける。
 
そんな話を書いてきた。
 
 
規範からのズレ
 
「イライラする私」や「情けない私」など、世間一般からなかなか受け入れられない、そして自分自身も受け入れていない「あるべき男性像(規範)からズレた自己イメージ」を抱えてしまって、どうしようもなくなったり、苦しんでいるのはおそらく私だけではない。
 
また、障害や病気、セクシュアリティ、民族などの分野で、もっと大きなズレを感じ、それこそ生命に関わるような生きづらさを抱えている人たちがいる。
そうした方々の代弁を私はできないし、するべきではないと考えているのでここでは控える。
ただ私が生きてきた「(異性愛の)男性」というジャンルで言うと、
 
力の弱い男
仕事のできない男
経済力の低い男
うまくコミュニケーションがとれない男
性経験がない男
未婚の男
イラ立ってしまう男
体力がない男
背の低い男
髪の毛が少ない男
社交性の低い男
太った男
筋肉のない男
 
様々な規範的男性像からズレた(人によってはズレとは思わないかもしれないが)男性がおり、そしてそのズレと、ズレが引き起こす負の感情を抱いてしまうことはわかる。
 
ただそうした経験や感情は、なかなか公にされず、共有されない。
そしてずっと1人の世界だけでそのズレについて悶々と悩み続けたり、もしくは目を背けたり否定したりして、結果自分と他者を傷つけてしまう可能性がある。
 

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男性グループという視座
 
「ズレ」が語られるためのハードルが高いことは前回書いた。
 
しかし、私の話を黙って聞いてくれる人、そして同じような経験をしてきた人になら、どうやら話せることを私はこれまでの経験から学んできた。
逆にズレがもたらしうる苦しさや怒りが全く理解できず、認めることをしない人がいるコミュニティで語ることはなかなかできない。
「そんな考え方はおかしい」「なんでそんなことで悩んでるの?」などと言われかねないからだ。
 
そう考えたとき、私は語り合いに重きを置いた男性グループに活路を考えた。
 
私が共同で運営している市民団体Re-Design For Menという団体では、基本男性だけで「プライド/劣等感」「親」「アダルトビデオ」「逃げ方」など、様々なテーマについてディスカッションする「男の勉強会」仙台市大阪市)と、非モテ男性たちが自分たちの経験や考えを語る非モテ当事者研究会」大阪市)というグループを開いている。
これまでに合計で通算35回くらい開催し、様々な世代、職業(学生、フリーター、ニートも)、セクシュアリティの方が参加している。
 
 
参加者の同質性
 
非モテ当事者研究会」では、「非モテ(モテない)で苦しいという経験をした男性たちが集まってくる。
そうすると似た経験をした者同士だからこそ、普通の場では出てこない(出してはいけないとされる)願いや痛み、苦労、挫折、ユニークな視点が表れる。
そして「分かる…!」という共感の言葉と、同じ体験をしたからこその笑いが出てくる。
 
こうした共感は、今まで「他の人と違う自分はおかしいんじゃないか」と苦しんできた語り手に「俺だけじゃない」という安心感をもたらす。
これで順調なんだ、と自分の生き方を否定ではなく許容できるようになるのではないか、と考えている。
 
またグループで語り合っていると、規範からのズレとともに、そのズレを無視してなんとか規範的な〈男らしさ〉を維持しようとする自分にも気づいてくる。
1970年代、ウーマン・リブに取り組む女性たちは「個人的なことは政治的なこと」を合言葉に、「CR(意識覚醒)」と呼ばれるグループを行って自分たちの経験を語り、その個別の経験の中に〈女性として生きてきた〉中で経験する普遍的な事象が含まれていることを見出していった。
こうした普遍化の作業、つまり〈男として生きてきた〉中で維持している価値観をあぶりだしていく作業はグループで可能になる。
 
そうして、一人では無視しがちだった自分の中に〈男らしさ〉を見つけ、それによって窮屈さを感じているなら、変えていくべき手掛かりにできる。
まさに私が脱暴力グループの中で、洗濯物を干すときに表れる私の怒りが、〈男らしさ〉から来る敗北感によるものだと気付いたように。
 
以上のように、つながりの力を得て、規範からズレていると否定していた今までの自分と、規範をなんとか維持しようとする自分を、認識し、引き受けることができるようになる。
 
 
参加者の差異性
 
また、参加者は程よく同質であると同時に、程よく差異があることも大事になってくる。
 
例えばグループで1つのテーマについて話しても、似たような認識や経験をする人もいれば、違う人もいるということが徐々にわかってくる。
 
以前「男の勉強会」で、薄毛の問題について話し合ったことがあった。
「風が吹いたとき髪が乱れて、身体が強張るのを感じるんです…」
「周りの目を気にしてしまって、お辞儀をすることもためらわれる…」
という人がいた。その方にとって薄毛は深刻な問題だった。
しかしその輪の中に、髪の毛が少ないにも関わらず、あえてスポーツ刈りにしたスガワラさんという方がいた。彼は頭を撫でながらこう言った。
 
 「だって守るものが一つ減るんですよ? こんな楽なことはないです。」
 
薄毛を深刻に考えていた男性は少しすっきりした顔で帰っていった。
 
こうした参加者同士の差異を知ることによって、絶対だと思っていた自分の規範を相対化する(それが一つ限りの正解ではないと考える)ことができる。
男は髪の毛が多くあるべきで薄毛はダサい、という規範は根強い。
そしてその規範は強く男性たちを縛り付ける。強い規範は「当たり前」として、語られることもない。
それが、語り合いを通して自分とは違う価値観に触れると、「こう考えることもできるのか」と、思考の幅が広がっていく
自分がいかに狭い世界にいたか、ということと、他に多くの選択肢があることが語りを通して見えてくる。
 
そして願わくば参加者の多様性の幅は徐々に広げていくといいかもしれない。
男性グループの場合、多様なセクシュアリティの方が来るようになると、その思考の選択肢はどんどん増えていく。
また、自分の言動が他のセクシュアリティの方を抑圧したり、傷つけたりしたことや、自分はそれをできる権利を持っているのに、相手はその権利を持っていない、というもの(例えば結婚や就労)に気付くこともあるかもしれない。
以前「セクシュアルハラスメント」について取り上げたときも、女性からの声によって、自分が何の気なしに発した言葉が、セクハラであることを認識した参加者の方もいた。
こうした「他者との出会い」を通して、もしかしたら今まで盲目的に他者を傷つけたり抑圧したり無関心でいたりしたかもしれない生き方から、そうでない生き方への可能性が開けてくる。
 
 
自分を更新するということ
 
先ほど男性が車道側を歩くことを、ややネガティブな例として挙げたが、無理に今までの生き方を変える必要はない、と私は考えている。
車道側を歩くことで言えば、(便宜上異性愛カップルを想定するが)女性を守りたいと相手を考えている男と、守られたい女性のカップルで、その状況に満足しているなら、特に問題はない。(逆もまたしかり)
 
しかしこうした関係性や、こうあるべきという規範のイメージが固定化すると問題がおきやすい。
というか問題が起きたときに、対応することができなくなる。
そして問題を抱えているにも関わらず、今まで維持してきたやり方をそのまま続けてしまうことになる。
 
女性を守り続けるために強くあろうとし続ける男性はどれだけしんどくても弱音を吐けないかもしれない。
守られている女性は、守られる弱い存在であり続けるために、相手にこうしてほしいという要求を伝えることができなくなるかもしれない。
そしてそれは過剰な依存や、暴力を生み出すかもしれない。
 
(※もう少し広い視点で見ると、現在の「男性である層」と「女性である層」、「セクシュアルマジョリティである層」と「セクシュアルマイノリティである層」(この切り分けもかなり乱暴だがここでは異性愛男性が読むことを重視して)の間にも固定的な関係が存在し、それも変えていく必要がある。)
 
規範的な自己イメージの固定化が自分にもたらす悪影響については既に書いた。
 
 
今の自分、今の関係性によって、自分や誰かがつらくなるような事態が起きたとき、それに対応するために、自分を柔軟に更新し続ける必要がある。
その更新の手立てとして、語ること、そしてグループを作ることについて考えてきた。
 
まず、同質性を持つ仲間たちと自分のことを語ることで、規範からズレた部分や、規範を維持しようとする部分を浮き彫りにする。そして自分が今どのような価値観や志向や身体を持っているのか、「自分の輪郭」を把握する。
その上で、差異を持つ仲間と出会うことによって、現時点の自分を更新していく。
今まで身につけてきた〈男らしさ〉をゆっくりと作り変え(Re-Design)続ける。
 
"同じでもなく違うでもない"集団の中で語ることで、自分も他者も傷つけないような新しい男性像を作り上げていく契機は生まれてくる。
 
そのために、私は語りだした。
 
 
※この記事は『非モテの品格 男にとって「弱さとは何か」』(杉田俊介非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か (集英社新書)、『つながりの作法 同じでもなく違うでもなく』(綾屋紗月・熊谷晋一郎)つながりの作法 同じでもなく 違うでもなく (生活人新書)で書かれている内容を参考にしています。
特に『つながりの作法』は語りに重きを置いたグループ活動を始められる方にオススメです。

 

殴られる男 ― 痛みと語れなさ ―

私の経験などを「男として生きてきた」ことを切り口に書いていく、「〇〇する男」の2つ目の記事になる。
 
前回「洗濯物を干す男」では私の怒りと加害性について扱った。
今回は私の被害経験について書いていきたいと思う。
 
 
先日大学院の心理学の講義で、元受刑者の更生サポートを行う団体のスタッフと、元受刑者の方からお話を聴く機会があった。
元受刑者の方は過去にカツアゲをしたことがあった。
彼はそうして入った少年院での生活について語り、そしてその生活は深い反省にはつながらなかったこと、さらに別の事件をおこして刑務所に入ったことを滔々と語った。
 
少し話はずれるが、罰則を与え、反省を促すだけの現行の刑務所のあり方では、再犯率は下がらないというデータがある。
もちろん、犯した罪は罪として贖うべきだか、それに加えて受刑者たちの再犯を減らしていくためには適切な教育やサポートが必要である、というのが今の犯罪をめぐる議論の主要な考え方だ。
 
大学院で加害者臨床を学ぶ私もそれを頭では理解していた。
しかしどうしても、彼のお話にもやもやする気持ちがあった。
 
 
私には過去にカツアゲ・リンチを受けた経験があった。
 
中学時代、当時通っていた学習塾の前で友人たちが教室から降りてくるのを待っていると、そこに通りがかった5、6人の不良たちに絡まれた。
「メンチを切ってきた(睨んできた)」というのが理由だったが、私にそんなつもりは全くなかった。
 
彼らは私を囲むと、殴る蹴るの暴行を加え、金を要求した。
そして財布を持っていないことがわかると理不尽にも「俺たちを怒らせたことへの謝罪」として土下座しろ、と迫った。
 
殴られて恐怖に縛られた私はそれに従うしかなかった。
 
そして彼らは土下座した私の頭を笑いながら強く蹴り上げた。
 
 
結果、塾の先生が来てくれて解放されたのだが、その経験はいまだに私の中に影を落とし、派手な格好をした男性グループを見るとすくんでしまう自分がいる。
 

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もちろん私をリンチした彼らと、講義に来てくれた方は別人だ。
しかしカツアゲしたにも関わらず、反省をあまりしなかったと言う彼の態度に、(それが刑務所や少年院の実態を表すものだとしても)私は違和感を抱かずにはいられなかった。「ふざけるなよ」という感情さえ抱いた。
 
しかし、その感情がどこから来るのか最初は全然分からなかった。
 
その違和感や気持ちをゆっくりとほぐして、ようやく私は当時の被害経験を思い出した。
中学のとき私を襲い、そして今も私の中で生き続ける、恐怖や、痛みや、悲しみや、悔しさは、どこに向かうんだろうと、やるせなさを感じずにはいられなかったのだ。
こうした気付きを、私の友人が丁寧に聞いてくれた。そうして私はようやく自分の被害を受け止めた。
 
実はこの話はそれまでにも何度か人に話したことがあった。
ただ、「殴られてカツアゲされたけれどポケットには財布じゃなくてミンティアしか入ってなくて不良がキレた」という笑い話にして語ってきた。
私の被害経験ではなく、不良をバカにするネタに変えてきた。
 
そうすることで、私は自分の痛みや辛い感情から目をそらすことができた。
一方的に殴られ、土下座までした情けない自分に向き合わなくてすんだ。
でも底のほうで、情けない自分、という否定的な自己イメージは、ずっと私に取り憑き、ずっと私を否定してきた。
 
 
男は内面を語れない、とよく言われる。
 
20年以上電話による男性相談を行ったきた「『男』悩みのホットライン」の代表で、臨床心理士でもある濱田智崇も、男性たちの中に「弱音を吐くことをよしとしない傾向がある」という(濱田智崇編『男性は何をどう悩むのか』)。
 
私の場合も、情けない自分を受け入れられない〈男らしさ〉がそうさせるのかもしれない。
 
私のような痛みや生きづらさがあるのなら、語っていこうという声を最近よく聞くようになった。
弱音を吐かず、強がり続けるがために、男性は自殺したり過労死したりする。
時に自分の強さを維持するために周りに暴力的に振る舞ってしまう。
だからまず弱さを外に出すことが、〈男らしさ〉から降りることが、重要だと。
 
私もその通りだと思う。
 
しかし、そんな簡単に弱さの語りは出てこない。
 
語るとすると、自分が情けない存在だと認めないといけない。
語ると同情されるかもしれない。
勇気を出して語っても「そんなことで悩んでるのか、男のくせに」と言われるかもしれない。
「皆そうした辛さを持っているんだから頑張ろう」と、問題を矮小化されるかもしれない。
相手に気を遣わせてしまうかもしれない。
 
私の被害の語りも、13年の時を経て、ようやく外に出てきた。
それまでずっと封じ込めてきた。
 
確かに弱さや痛みの語りは他者に受け止められることで和らいでいく。
つらかったな、と言ってもらえるだけで、否定的でないものに変わっていく。
 
私も今回語ったことでだいぶ肩の荷が下りた気がする。
 
しかしやはり依然として男たちが語ることのハードルは高い。
次回はこのハードルをどう超えるかについて、書いていきたい。

洗濯物を干す男 ― わたしの怒りの研究 ―

以前地下鉄千代田線の女性専用車両に、複数の男性が乗り込み、その影響で電車が遅延したというニュースがあった。
彼らはあえて女性専用車両に乗り込み、そして依然として乗り続けているらしい。
 
そのニュースを知って以来、彼らがそうした行動を続ける背景には一体何があるのだろうかと考え続けている。
 
私は2年ほど前から男性だけで色々なテーマについて語り合う会を主催してきた。
(市民団体Re-Design For Men「男の勉強会」「非モテの当事者研会」https://m.facebook.com/RDFM0625/
「劣等感」や「親」「アダルトビデオ」「仕事」「モテない悩み」「暴力」など、あらゆるテーマを切り口にして参加者同士で語り合い、私はそこで語られる、様々なエピソードやそのときの感情について聞いてきた。
もちろん背景は様々だしそれぞれ内容が違いはするものの、共通して「男として生きてきた」からこそ表れるものがあるようにも感じている。
 
かく言う私も「男であること(異性愛の)」を自認して生きてきたし、周りからも「男」と判断されていると思う。
だから私にも「男として生きてきた」からこその感じ方、行動のメカニズムがあるはずだ。
 
そうしてぐるぐると考えたことや、私自身のことを文章にまとめたいと思った。
トピックごとに3つに分けて論じ、最後には主催している男性グループRe-Design For Menの理念のようなものにも触れたいと思う。
 
今回とりあげるのは「洗濯物を干すこと」についてだ。
 
 
当時のパートナーと一緒のアパートに暮らしていた頃のことだ。
比較的平和に暮らしていたのだけれど、ただ、私はたまに相手に対してイライラしてしまうことがあった。
それは相手の態度が不愉快だとか、言い争いをしたとかではなく、洗濯物を干しているときに私はイライラすることがあった。
 
これは別に「家事は女性がすべきなのにどうして男の俺がやらなければならないんだ」という典型的な家父長的男性像の話ではない。
私の実家では、両親は共働きで、どちらかと言うと父親のほうが家事をすることが多く、それが当たり前として私は育った。
なので、私は一人暮らしの時はもちろん、同棲し始めてからも、基本的には何の抵抗もなく洗濯物を干していたし、むしろ率先して家事をやっていた。
 
しかし時折り洗濯物を干していてなぜかイライラに襲われることがあった。
 
 
パートナーとも別れ、そんな怒りを当時抱いていたことを、私は次第に忘れていった。
 
今、ちょっとした縁で脱暴力を目指す男性グループに関わっているのだが、先日その会の中で、パートナーとの生活における価値観の違いについての話題になった。
パートナー同士、それぞれの生まれ育った家庭の文化や性格の違いもあるので、洗濯物の干し方や料理の味付けなどにズレが生まれる。それでいさかいになってしまうというようなことだ。
 
その会に参加していた一人の男性がこんなことを言った。
 
「妻がまあズボラ(マメではない)な性格で、使ってない部屋の電気を全然消さないんです。それを何回も注意してもなおらなくてね、仕方なく私が消すんですけどね、そうしたらなんだか負けたような気がするんです。それでイラっとしてもうてね。それをなんとかしようとしてるんです。」
 
この話を聞いて、私は洗濯物を干してイライラしていた時の自分をハッと思い出した。
そして、この〈洗濯物イライラ現象〉は負けたような気、「敗北感」から来ているのではないかと考え始めた。
 
〈洗濯イライラ現象〉と軽く名付けたものの、実はこれは大きな危険をはらむ現象である。
 
いったんイライラが発生し始めると、私は周りが見えなくなり、相手に配慮するという余裕もなくなってくる。
そしてイライラしていることを相手にただ気付いてほしくて、イライラを外に向け始める。音が出るくらい戸を強く閉めたり、明らかに苛立った顔をしたりして、俺は怒っているんだぞ、とアピールする。
それらの行為はモラルハラスメントや、精神的DVだと言える。
 
つまり、敗北感が怒りに、そしてそれが暴力に発展してしまう。
 

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「敗北感」について考えてみよう。
 
前述したように私は普段から家事は普通にやっていた。
ただ、どうやら私はパートナーと私、どちらも余裕がなくどちらかが洗濯物を干さざるを得ない状態で、結果私がやることになったときにイライラしているようだった。
率先してやりたいと思わないときに、そして結果私が洗濯物を干すことになったときに、洗濯物干しをやらされている(もちろんパートナーが強制している訳ではない)と感じる「敗北感」を感じていた。
 
しかし洗濯物を干すことに競争原理を持ち込むとは不思議な話である。
こうして書いていても思うが、合理的に考えればお互いに余裕がないときでも洗濯物は干さないといけないんだから、気付いたほうが干せばいいだけの話である。
別に「俺が洗濯物を干すことになるとは…負けた…」などと考える必要は全くないはずだ。
それに敗北感や、それによる怒りなど誰も抱きたくないだろうし、私も抱きたくない。
 
とすると、私の合理的な考え方とは別に、洗濯物を干すことに敗北感を感じてしまうメカニズムをどこかで学習してしまっている、ということになる。
 
この敗北感の出所はどこなのか。
 
それを考えていくにあたって、ジェンダー論の中で扱われる〈男らしさ〉という概念が使えそうだ。
男性学者の伊藤公雄は、〈男らしさ〉へのこだわりの一つとして「優越志向」という心理的傾向を挙げる。
あらゆる面で男たちは競争することを求められ、知らず知らずのうちに誰かより勝っていたいという競争的な考え方を身に着けてしまっている。
しかもその競争的な傾向は女性に対してより強く表れ、女性よりも"知的にも肉体的にも精神的にも優越していなければ「一人前の男」ではない"とされる、と言うのだ。(伊藤公雄男性学入門』)
 
以前主催する「男の勉強会」で「プライド/劣等感」についてディスカッションしたところ、男性たちがあらゆる尺度で自分や他者を測っていることが分かった。
学歴、スポーツ、職業、収入、結婚の早さ、髪の毛の多さ、背の高さ、社交性、乗っている車…。枚挙に暇がない。
 
また、家族やメディアから「男らしくなれ」と期待される。
そうして自分も「男らしくならなけらば」と考えている。
期待される〈男らしさ〉を発揮できなかったときに「男のくせに」という否定的な言葉を周りから浴びせられる、という話もよく聞くことがある。
 
男として生きてきた私も、そうした競争することを重視する空気を吸い込んできた。
だからこそ、制度面や実際の生活の中では「男女は対等であるべきだ」と考えつつも、心理的には未だに競争の原理や「優越志向」から抜け出していない。
 
※だからといって男性全員が「優越志向」を持っていると言いたいわけではない。私の場合、それがしっくり腑に落ちる、ということだ。
 
 
私の〈洗濯物イライラ現象〉の解明が進んできた。
それは「敗北感」に始まり、どうやらその根源には〈男らしさ〉による「優越志向」がある…。
 
そういえば私は女性と議論をして言い負かされたとき、男性に言い負かされたときよりも腹立たしい気持ちになることがよくある。議論が競争ではなく、自分の考えを更新するための有益な機会だと分かっているにもかかわらず、である。
 
「敗北感」について教えてくれた男性の話を聞くまで、私は自分の怒りがどこから来るのか考えず、そのままにしていた。
怒りとは本当に厄介な感情で、一旦それに憑りつかれると思考がストップしてしまい、怒りから暴力までがワンセットで現れる。
なので本来は「暴力」がいけないはずなのに、「怒り」という感情、ひいては「怒り」を引き起こす考え方自体もひとくくりに悪いとされてしまう。
そう考えている私も、自分が苛立ったことをいけないことだと目をつむり、早く忘れるようにした。
そして何の対処もせぬまま、洗濯を干すたびに、女性に言い負かされるたびに、またイライラするのである。
忘却というかりそめの対処によって、怒りと加害性をずっと持続させてきた。
 
さて、ここまで私の怒りについて考えてきたが、解明したところで何も問題は解決しないように一見見える。
「男として生きてきた」私の過去は動かないし、私の中に染みついた思考のメカニズムを簡単に変えることはできないからだ。
パートナーや女性に対して敗北感や怒りを感じてしまうことは(できるだけなくしていくべきだろうけれど)なかなか止めることはできない。
 
しかし実はここが重要なところで、解明を通して、私の中の変えられない部分(過去や性格)と同時に、というか変えられない部分が見えたからこそ、変えられる部分も見えてくる
 
今までは、それが生じる理由もタイミングもわからないまま訪れて、うやむやのままにされていた「怒り→暴力」のワンセット。
それを「敗北感を感じたときに私はイライラする」と認識することで、暴力的でない他の感情の扱い方の選択肢が現れる。
 
「この状況下では自分は苛立ちやすいからできるだけ人と会ったり何かをしたりしない」
「何かをせざる負えない状況では自分の行動に注意を払う」
「怒りの感情を別のところで発散する」
 
などである。
 
こうして自分の説明ができると、イライラしている自分がいつ現れ、イライラしている自分とどう付き合えばいいかが、分かってくる。
もしかしたら自分の怒りのメカニズムがわかった時点で怒りが湧いてこなくなることもあるかもしれない。
 
こうした研究的に自分を解明することのポイントは2つある。
 
1つは、先ほど書いたように〈男らしさ〉ゆえに敗北感や怒りを抱くからと言って、それを否定しないことだ。否定したところで、怒りの感情がなくなる訳ではない。
むしろ「これくらいで怒る私が悪いんだ」と考えてイライラに蓋をし続けて、暴力的なふるまいを続けていた私のように、暴力を持続させてしまう。
だから私は〈男らしさ〉を安直に批判するだけの主張を良しとしない。
 
2つ目は、〈男らしさ〉ゆえにそうした感情をどうしても抱いてしまうから仕方ないと開き直らないことだ。
 
〈男らしさ〉があることを、怒りの感情をいだくことを、否定するのでも、開き直るのでもなく、引き受ける。その先に変化がある。
 
私たちの感情やひっかかりには、背景に何か理由がある。
それを放っておくのではなく、自分を説明する大切な資源として扱う。
そうして説明ができたら、より良い自分を新たにつくっていく。
 
私の場合、洗濯を干すときに現れたイライラの背景にあるのは、「敗北感」だった。

私は「告ハラ」という概念を否定する。

読めば思わず笑顔になる、幸せいっぱい、目からウロコがこぼれ落ちる、ユーモアとウィットにあふれた私のブログを首を長くして待っておられた方はさぞかし多いことだろう。
しかし今回は堅い、堅い文章をつづりたいと思う。
 
近頃SNSで「告ハラ」が話題になっている。
 
 
問題の記事のあらましは次のようなことである。
 
そこまで親密な関係になっていない状態で告白することが許されるのは高校生まで。
断られた後、相手との関係性が悪くなるリスクを顧みず、告白をするのは相手にとっては迷惑でしかない。
つまり個人的な連絡先を交換し、何度もデートを重ね、お互いが親密の情を抱き、信頼関係が築かれた後に「最後の念押し」という意味合いで告白するのが「大人の告白」。
その地ならしをほとんど行わず、たとえOKされる可能性が低くとも、自分の想いを相手にブチまける告白は、“告ハラ(告白ハラスメント)”である。
 
まずこの記事は、大人(この表現の怪しさについては後述)以上の人々の間で行われる告白を、十把一絡げにして論じているところに問題がある。
上司→部下、教授→学生など、上下関係がある状態で行われる告白では、セクハラの危険性が確かに含まれている。
また、例えばバイト先で名も知らない客から告白されるなど、全く面識がない、相手の素性がわからない状態での告白は恐怖を与える可能性が高い。
これらの場合、確かに告白する側に配慮がなく、問題があると言わざるを得ない。
 
しかし、面識があり、立場の対等な関係性において、告白は「ハラスメント」に当たらない。
この関係性においてなされる告白さえもハラスメントというのなら、この告ハラという概念は、告白という行為と、それを行う人々への理不尽な中傷でしかない。
 
誰かに好意を持つこと、そしてそれを伝えること。それは不用意に否定されてはならない。
恋愛不器用系男子の1人として、藁半紙よりも薄っぺらいこの概念に対し、NOと言わなければならない。
その決意から、約3か月ぶりに筆をとった次第である。
 
以下は、面識があり、対等な関係性で行われる告白についてのみ論じる。
 
 
1.地ならしについて
 
この記事の筆者は、告白が告ハラになる論拠として、地ならし、つまり告白前のアプローチを行わず、相手との信頼関係(なるもの)を築いていないことを挙げている。
 
確かに告白する前にアプローチすれば、相手が自分に好意を持ってくれる可能性、また持っているのかどうか知ることができる可能性は拡がる。
しかし、アプローチをかけたとしても、何度2人の時間を過ごしたとしても、恋愛関係にならないことがある。
また「相手に好意を持たれている」と自分が思い込んでいるだけで、相手にその気は全くなかったということも大いにありうる。
というか私は大いにあった。
 
つまり、いくら地ならしをしたからと言って、相手が自分に恋愛感情を持っているかどうかは、究極的には相手に直接聞かなければ分からない。
 
いや、もしかしたらこのライターのような恋愛戦闘力53万くらいあるイケイケメンズなら、相手が自分に好意を持っているかどうか、心のスカウターで判断できるのかもしれない。
しかしそのイケイケ度に達するまでにはある程度の経験値と修練が必要なはずだ。
その経験を共有するわけでもなく、「これが“大人”の恋愛です。」などと結論付けるのは上から目線の暴力としか言いようがない。
 
 
2.告白という行為
 
「告白する→ふる」というプロセスは、一方の思いに、もう一方が沿わなかったという、言わば意見のズレだと考えられる。
人は独自の人格や価値観を持つ存在なのだから、人と人との間にはどうしたってズレや対立が生まれてくる。
それは確かに両者の間にわだかまりを生むし、不快・不安な気持ちを生むかもしれない。
 
しかし社会で生きている限り、他人とのコミュニケーションからは逃れられないし、
相手の思いや、考えを伝えられることは避けられない。
それが自分の思いと違っていたとしても、彼の告白という行為自体を否定してはならない。
なぜなら、それを否定することは、人々が、ひいては、あなたが自由に相手に何かを伝える権利を否定することにつながるからだ。
 
つまり人と人との関りは、そもそも、わだかまりを生む可能性をともなっている。
違うことには違うと言う。
付き合えないなら付き合えないと言う。
その苦しさや難しさを、社会に生きる私たちは引き受けなければならない。
 
 
3.正しいフラれ方
 
告白する側に話を戻そう。
1で論じたように告白前での努力も確かに必要だが、告白という行為がどうあがいても軋轢を生むリスクをはらんでいるものならば、むしろ論じられるべきは、告白前よりも、フラれたあとの対応である。
 
断った相手は、断ったことを気に病んでいるかもしれないし、記事中に登場する女性のように、同じコミュニティにいるなら、関係がギクシャクして仕事がしにくくなるかもしれない。
もしかしたら、恋愛対象として見られ続けるのではないか、という不安を感じているかもしれない。
 
そうしたネガティブな感情を相手に抱かせないためのかかわり方を、告白した側はフラれた後とる必要がある。
ずるずる付きまとわず、断られたならすっぱり諦めるか、もしまだ想っていてもひた隠しにする。
不必要に避けたりせず、ラフなコミュニケーションを心掛ける。
それが難しくとも、共同で行うことに支障をきたさない程度には会話をする。
 
たとえフラれたとしても腐らず、こじらせず、良好な関係を維持する。
これが正しいフラれ方である。
 
 
4.最後に
 
告白で起こるトラブルを避けるのは、告白という行為をハラスメントと弾圧するのでも、無理に告白をやめることでも、大人っぽ~~~~~~い地ならしをすることでもない。
告白というコミュニケーションで生まれた歪を、その後できるだけならしていく作業だ。
 
そのことをこの筆者は見誤っている。
 
Twitterを探ると、この記事を読み、「これだから女は…」「非モテ男は告白したらだめらしい」と、女性や自分自身を非難する恋愛不器用系男子が少なくない。
しかし、批判すべきは浅薄な知識で人の営みを中傷するこのライターである。
 
 
もしあなたが誰かに好意を持っており、それを伝えたいと思っているならば、
問題でないことを問題化する安い言説を真に受けて、自分の思いを否定する必要はない。
また自分を被害者扱いして受け身に回る必要もない。
自分の思いを大切にあたため、そして相手との関係性に十分に配慮したうえで告白に臨んでほしい。
 

差別を考える、物語を上書きする

先日兵庫県尼崎市で行われた被差別部落の学習会に参加した。

「部落差別とインターネット」というテーマで行われ、同和教育が学習指導要領からどんどん減っているのに、インターネットでは部落地域や部落出身者を貶める表現が氾濫している問題が取り上げられた。

インターネットで「部落」と調べると被差別部落の地名や部落出身者の名前がリストアップされたサイトが一番に来る。

知らないままにネットで調べたら自分の地域のことが「治安が悪い」などと書かれている。

その時の子どもの心情を思うとやるせなくなった。

 

興味深かったのは、部落出身者を結婚差別や就職差別するのは

「親に言われたから」

「噂で聞いたから」

「インターネットに書いてあったから」

という一部の言説を信じた理由が多いということ。

つまり何か科学的な実証があって排斥しているわけでも、レイシストに特殊な攻撃性があるわけでもなく、周りから伝えられた物語という、実は脆い(ようで強固な)ものの上に差別は存在することを知った。

 

そんなことを学習会後半でディスカッションしているうちに、中学生の頃自分が差別的な意識をもったことを思い出した。

 

ある日あるクラスメイトから、別の友人のことについて「〇〇、在日らしいで」と、まるで汚い言葉を口にするような顔で教えられた。

親たちの噂話が子どもにも伝わったのだろう。在日韓国人のことをよく知らなかった私は、「なんか〇〇がザイニチ、っていうイヤな存在らしい…」という感覚を持った。

その後彼と普通に接することができなくなって、なにか否定的な目線で見てしまっている自分がいた。

 

仲の良かった彼をそんな目で見る自分が嫌で私はそのことを母に相談した。

 

「〇〇、ザイニチらしい…」

 

「それがどうしてん?」

 

 

その瞬間私を覆っていた〇〇への否定的な目線がざあっと晴れた。

もちろん私がまだ余計な知識やこだわりを持っていない中学生で、母の存在が大きかったのかもしれない。

それでも「〇〇は在日韓国人でネガティブな存在」という物語を「在日韓国人でも〇〇は〇〇」という物語に上書きすることができた。

 

元々持っていた価値観や思想を全く消し去ってしまうことは難しい。

しかし上から別の考えを上に塗りつけることはそう難しいことではない。

対人援助を進めるうえでこの「物語の上書き」という重要な視点を得ることができた。

 

ただそのためには、多様な物語を見つけるアンテナを常に持っておかなければならない。

「これが当たり前」と思い込んで他のものに見向きしていないことが、きっとあるはずだからだ。

 

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